五十嵐 清隆 Feed

私は神様を証人に誓う。もう二度と飢えに泣きません。

家族にも飢えさせません。

そのためには、騙し、盗み、人をも殺すでしょう。

私は神様に誓う。もう二度と飢えに泣きません。

映画風と共に去りぬから、ビビアン・リー演じる主役のスカーレットの言葉です。アメリカの南北戦争で裕福だった毎日が一転、食べることすら事欠く困窮を極める境遇となり、しかも皆が混乱する中大勢の家族を背負って立たなければならない自分自身を鼓舞する言葉です。戦火に包まれたニューオリンズからやっとの思いで故郷タラに着いたもののそこも焼け野原になっている様を見て、弱気になるどころか誰かに頼るのではなく自分の足で立ち上がると言い放つ心の叫びです。

映画には不朽の名作と言われるものがあります。朽ちることのない名作。風と友の去りぬは名作の代表ですね。

と言う訳で風と共に去りぬ4時間全て見ました。戦前の映画です。全体的にはストーリーに風化のようなものを感じましたが、ただビビアン・リーのこのセリフは無視出来る分けありませんね。

思えば私もいつの日かデカいことをやると思いながら、そのいつの日が来ないままここまで来てしまいました。実はデカいことが何かもよく分かっていないかもしれません。

ビビアン・リーように全ての困難を背負ってでも立ち上がろう。梅雨空にそう誓う私なのでした。

朝7:15羽田空港集合。国際線ターミナルの改装工事が始まりました。仕事とはいえ空港は気分が上がります。世界と直接つながっている場所だからでしょうね。ここからならどこへでも行けます。それだけでパワースポットになりますね。

工事現場は出発ロビー。税関の向こう側です。このため簡単には現場に入れません。全ての持ち物の検査があり事前申請していない物は持ち込めません。金属探知機も通る物々しさです。私は鉄板の入った靴を履いていたのですが、試しにそのまま探知機に入ってみました。そこはさすがにGDP世界3位の経済大国の表玄関。ちゃんと機械は機能していて警報音が鳴り通過不可。空港が用意しているサンダルに履き替え通過しました。

ところで空港といえばスチュワーデスさんですね。いや今はCAと呼びますね。ちなみにロサンゼルスはLAですがアメリカ通の友人がサンフランシスコをサンフランと呼んでいました。

工事現場の前はメイン通路で旅行客はもちろんCAさんも通ります。CAさん達には共通の特徴があります。そう、皆さん背筋がピンと伸び高い目的意識を持つ感じでこれから搭乗する飛行機へカートを引いて颯爽と闊歩して行きます。職業的美意識がそうさせるのか、制服がそうさせるのか、ただの私の気のせいなのか、いずれにしろCAがカッコ良く歩くの略だと言われても納得出来ます。

窓の外には全日空と日航の飛行機が出発を待って並んでいます。その光景を見て33年前のロサンゼルス空港を思い出しました。

社会人1年目の夏休みのことです。7日も休みがあり、お金は何とかやりくりしてデンバーに1人旅をしました。アメリカに行きたい。行くならロッキー山脈の向こう側、デンバーから東に広がる大草原を見たい。レンタカーを借りて草原の真ん中で大の字になり空を見よう。目的はそれだけでした。

デンバーまでの飛行機は窓側に座れなかったのですが、デンバー空港着陸間際の上空から一瞬見えた彼方まで広がる大草原は息を飲む景観で、何も無いことは何か凄い物があることより凄いという私の仮説を証明するに充分でした。

日本語しか喋れない私がどうやってアメリカで 1週間過ごしたか遠い記憶ですが、レンタカーでドライブして確かに空を見たり、その草原には案外虫が多かったり、デンバーのダウンタウンでサングラスの金髪白人達がカッコ良すぎ何も言われてないのに自虐的人種差別で道の端ばかり歩いていたのに3日程で気付くと道の真ん中を歩いていたり、バスツアーに参加し全員が自己紹介することになり仕方なく「フロムトーキョージャパン」とだけ言ったら盛大な拍手をもらったり、レストランでバドワイザーを飲んだりしていた気がします。 1週間日本人に会わず日本と隔絶していたのは後にも先にもこの時だけです。ここで現場前での話しにつながるのですが、帰りのロサンゼルス空港の滑走路に日航と全日空の飛行機が整然とそして堂々と並んでいるのを見た時、久しぶりに日本と出会い何か嬉しくなり、その時初めて自分が日本人であることを実感し、同時に日本が世界ですでにしっかりとした地位を築いていて、もっと自信を持って自分の価値観を発信して行くべきだなどと思ったものです。

仕事の羽田空港も良いのですが「またアメリカを旅しよう」これが今回の結論です。アメリカに夢を求めて旅したあの頃の様に、もう少し心に自由と勇気を持って生きないといけない。パワースポットからそんな力を頂いた気がします。

ファミリーレストラン/ブロンコビリーは関東ではあまり見かけませんが、ウチから車を飛ばすこと30分、港北ニュータウンに入る手前に明かりを灯しています。

一度だけ行きました。ご飯はサラダバーにあり自分で取ります。「ん?気のせいかな」どうしたわけか、そのご飯が妙に美味しく感じるのです。その場は何となくスルーしてしまったのですが、家に帰ってからホームページを見て知りました。お米が魚沼産コシヒカリだったのです。妻から「えっ?知らなかったの。メニューに書いてあったでしょ。残念な人だね」などと言われましたが、私と魚沼産コシヒカリの最初の出会いはそんなドラマチックなものでした。

日本のお米は美味しいですね。さすがもともとお金の代わりだっただけあります。戦国時代の武将は領地1万石につき300人の軍勢が揃えられたそうです。58万石の宇喜田秀家は関ヶ原に18000人を率い臨みました。ちなみに1石は現在のお金にすると5万円程度だそうです。

高級米は美味しいですが少量でも1万円超えます。なかなか手が出ないですね。その点パンは高くてもそこまでいきません。

パンはコンビニで100円程度で買えますが、溝口の高級スーパー十字屋で350円ほどの酵母入りパンが美味しく数年前ごくたまに買っていました。溝の口丸井の食品売場に2斤200円ですがなかなかイケるパン屋さんがありここは頻繁に購入しています。かなりのコスパです。皆様もいかがでしょうか。

ところが気付くと世はプチ贅沢パンブーム。至る所に高級パン専門店があります。

溝の口の踏切横にも「どんだけ自己中」という面白い名前のパン屋さんがあります。ここの食パンは800円もしてすでにプチ贅沢から贅沢になっているのですが、これが美味しいのです。パンではないケーキでもない新しい何かを食べていると思うほどの味です。

このようにパン職人さん皆様の向上心のおかげでパンはすごい勢いで進化を遂げています。さらに最近ではトースターも改良されているようです。会社の後輩M君は結婚のお祝いに部のメンバーからバルミューダをゲットすることに成功しています。

以下は私の感想ですが美味しいパンは毎日食べているとそれが普通になってしまい味がわからなくなってしまいます。舌が慣れてそれがスタンダードになってしまうのです。これと似たようなことが数年前ありました。引っ越しのため通勤時間が1時間から5分になったのですが最初は楽だなと感激しましたが、1週間もするとそれが普通になってしまい楽と感じなくなってしまったのです。パンも通勤も私に備わる高度な状況適応能力が故でしょうか。でもパンはしばらく100円に戻せば高級パンはまた美味しいパンに戻ります。

休日の朝コーヒーとパンを頂きながらゆっくりと新聞を読みます。レースのカーテン越しの朝日も気持ち良いですね。心がリセットされ知識も得られる大切な時間です。自分のための時間はやはり必要ですね。

私としたことが赤面の表題です。

きっとあいみょんや髭ダンだったならもっとグッとくる題を考えるのでしょうね。まだまだ修行です。えっ?失礼だから比べるな?やっぱりそうなりますか。でもたまには良いですね。きっと許されます。多分。

ところでこの題、実は娘がポロっと口にした言葉なのです。

昨年12月初旬に妻が娘孫と映画鬼滅の刃を見に行ったのですが帰るなり「良かったよ。見に行ったら良いのに」「でもあなたは心が曇ってるから良さがわからないかな」などと言われました。でもまあ行かないかなと思っていたのですが、年末に娘に物凄く強く勧められたため「どんななの」と思い行ってみることにしました。映画は衝撃の内容でした。しばらく席を立てませんでした。鑑賞後の余韻で一人酒出来るほどの映画でそんな映画他に記憶がありません。絶句したまま家に帰りワイン片手に映画談義をしたのですが、そこで娘がつぶやいたのが「もう恋の歌は要らないな」だったのです。

「結局、人が感動することは一つだね。鬼滅見て分かったよ。歌であれ本であれ映画であれ全て人が心を動かす主題は一つ。自分なりの表現方法でそれを伝える術をみつけ、それが当たれば億万長者になれるということ。見る側としてもそんなエンターテイメントを期待したいね。もう恋の歌はいらないな」

娘は物事の本質を分かっていないにも関わらず、何でも知っている感だけは一人前です。でもよくよく考えるとこれ間違ってないと思います。娘から教えられるとは思ってもみませんでした。娘をものを伝えるべき存在と考えていたので、そんな偏った自分勝手な思い込みが壊された感じでちょっと良い雰囲気を頂きました。

で、その主題。皆さんはもうお分かりと思いますが、改めて説明するにも私の言葉ではヤボになるので最近私が良く聞く宮本浩次さんの曲の中からハレルヤの歌詞を抜粋します。説得力10倍と思います。宮本さん歌詞使わせて下さい。

行こうぜまだ間に合うさそんなHOT PLACE やっぱ目指すしかねえなこの先にある世界

大人になった俺たちにゃ夢なんて口にするのも野暮だけど今だからこそ目指すべき明日があるんだぜ

信じてみようぜ自分 行くしかないならTODAY 強くもなく弱くもなくまんまゆけ

孤独なHEART抱いて戦う俺にもう一丁輝きあれ

敗れし夢のその先にゃ涙じゃなく笑いと共にあれ

ばからしくも愛しいこの日々を涙じゃなく勇気と共にあれ ハレルヤ

東京では春の近さを感じるようになりました。木々の新芽に生命の躍動を知ります。

ただ一方、強い寒気の影響で北日本は大荒れの天候だったようです。台風並みの強い低気圧が発生したと気象庁の発表ですが、平たく考えると海水温の高さが巨大台風を作り出すと騒がれている昨今、冬の寒さになぜ台風のようなモノが来るのかメカニズムは複雑です。嵐が来る原因は一つではないということなのでしょう。世の中と同じです。地球上で起こる不可思議はそれが何であれ私などの想像を軽く超えるようです。

実はペイントや漆喰の施工にも適切な環境があります。気温5度以上。湿度80%以下が良いと言われています。あまりに寒いと乾く前に凍ってしまうなどと言われますが、これは余ほど寒い時なのでしょう。

先日大宮で夜間の外壁ペイント工事がありました。寒い中施工スタッフの皆さんに申し訳ないなと思っていましたが、ひょっとして気温は5度以下?と気付きヒヤッとしました。状況確認に事前に現調に行きこのくらいの寒さなら大丈夫と安心しましたが、施工初日は今年一番の寒さで風も強く大変でした。幸いにもペイントに問題はなく綺麗に仕上がりました。ホッとしました。ありがとうございます。

春が来ればこんな心配もなくなります。でも北国の人たちが春を待つ思いはこんなものではないのでしょう。先日の新聞に柳田国男の雪国の春の一文がありました。

「嵐、吹雪の永い淋しい冬籠りは、ほとほと過ぎ去った花のころを忘れしめるばかり。ようやくに迎ええたる若春の喜びは、南の人のすぐれたる空想をさえも超越する」

もう一つ新島襄の寒梅から

「庭上の一寒梅 笑んで風雪を侵して開く 争わず また力(つとめ)づ 自ずから百花の魁を占む」

何という名文でしょうか。

春を待つ。これだけで詩情が湧きます。でも冬の寒さはそれはそれで良いものです。冬があるから春のありがたみが増すと思えば全て良しです。

冬のように自分に厳しく、春のように人に温かく、夏のように行動は熱く、秋のように人の気持ちに寄り添う。

こんな自分を夢見てさあ今日も自転車で晩冬の風を切って進みましょう。