五十嵐 清隆 Feed

このブログ、私が参加してから間もなく5年になろうとしています。55回ほどになるはずです。振り返ると良くそんなに書いてきたなと自分で自分を褒めたくなります。

プロ野球に関しても2回ほど書きました。日本ハムの太田、広島の堂林と知っている人しか知らない選手をクローズアップしています。どうせならドラマのある選手について書きたいとの思いからこの2名の選手が私の目に留まったわけですが、この二人今期は不調です。来季がんばって頂きましょう。

そして今回はタイトルを見ればわかる通りTさんになります。Tさん?そうです。T岡田。皆さん知ってますか。T岡田選手はチームの皆からTさんと呼ばれているようですがそれはそうなりますね。プロに入ってからバッファローズ一筋で22年。大ベテランになりますが毎年期待される割には…の成績です。しかししかし、実はT岡田選手20年前にホームラン王になっているのです。33本。すごい本数ではないですが正真正銘のホームラン王です。練習の虫で朝から晩までバットを振り続け、周りから労働基準法違反と呼ばれているそうです。20年前のホームラン王がまだ現役なのもすごいお話しです。

そんなT岡田選手ですがなぜTがつくのでしょうか。そうなのです。岡田監督就任時に間違えやすいという理由でTがついたのです。岡田監督はあのバース、掛布、岡田のホームラン3連発の阪神の岡田です。そんな人が来るならTなんかいやだとは言えませんね。

ネーミングは一般から公募し7000もの名前の中から選ばれたそうです。ティラノサウルスのように強い!からTという説もあります。

たしか今期はいまのところホームラン14本。吉田、杉本に続いて6番辺りを打っています。来季こそまた頑張って輝いて頂きベテランみんなの希望の星になって頂くことを念じながら、今回はお後がよろしいようで。

人が夢を語ることは自由ですが、そんなことが書いてあるブログ読みたいかと言えばまず読みたくありませんね。で、大昔私実は映画監督になることが夢でした。

見た人全てが驚き笑いそして涙しエンドロールでは観客が歓喜と共に総立ちで拍手するような映画を撮り、米国に渡ってアカデミー賞なども頂いてファラ・フォーセットのような女優と結婚するのも良いなと思ったりしたものです。映画同好会的なものに入るとかそれらしいことは何もしてませんが、実は一回だけアカデミー賞のレッドカーペットにぐっと近づいたことがあります。

そう新卒で入った建設会社が折りからの不況で傾いた時に映画制作の会社が社員募集していてそれに応募したのです。一次は書類選考で最近見た映画の感想文を求められました。

プライベートライアンについて書いたのですが、これが完璧な感想文で一級の映画批評になっていて、一流雑誌プレジデントに掲載されてもおかしくない内容でした。一次合格の時点でやはり私は映画監督になるべく生まれたのだな。神様はちゃんと見ていてくれたんだなと実感し、ファラフォーセットとの結婚式のスピーチまで考えていました。ハリウッド進出で五十嵐からIGARASHIになる日も近いと予感されました。

その後ですか?ガーン。人は嫌なことは忘れるように出来ているのですね・・・。確か2次試験は一人で面接と思いきや会場に大勢受験者がいて5人1組の面接でした。他の4人は皆映像関係からの転職希望組で建設会社の素人などお門違いな感がありました。その皆さんは記憶に残っている映画の場面は?の問いにソビエトの何とかいう映画でただブランコが揺れているシーンが胸に迫りましたとか、何とか言う監督がどうのなどと私の知らない映画の話しをしていました。ターミネーターの話しをしたのは私ぐらいで、しかも力が入りすぎしゃべってるうちに何を言ってるのだか分からなくなる始末で悲惨を絵に描いたような事態となりました。

戦略も戦術も大失敗で出たとこ勝負の大敗北でした。結局自分は自分なので建設会社で頑張って来たことと映画への熱意を話すべきでした。当たり前が全く出来ないガッカリの自分です。今も大して変わってませんが。

映画は良いですね。気をつけるべきは良い映画ほど素晴らしいものは有りませんが、反対につまらない映画ほどひどいものも無いということです。同じ映画でも彼我の差は極大です。

最近ではアマゾンプライムで家で映画を見ます。昨日は帰って来たヒトラーという欧米的にかなり際どい映画をみました。

すべての力を集中する。あとは攻撃あるのみ!

信念に確固たる基盤があれば常に正しい結論が導ける!

いかにもヒトラーが言いそうなセリフです。

映画自体はとても良く出来ていて、この映画から映画の奥深さと言いますか映画が表現できる力の凄さを改めて感じました。世の危うさをもしっかりと伝えていて現代社会に警鐘をならしています。

そんな底知れないエネルギーにあふれた映画に少しでも多く出会いリフレッシュしてまた明日への活力を頂きたいものです。

世の中には案外楽しいことがいっぱいあるのですね。

少し前ですが義弟が急性腸炎で入院したと連絡がありました。猛烈な腹痛だったようで死ぬかと思ったそうです。

お腹の激痛は辛いです。と言いますか激痛はどこでも辛いですね。義弟はもう全快して良かったのですがラインをもらいました「丈夫な体が唯一の取り柄だったのに、なんか自信なくなっちゃいました」。義兄として何と返信してよいか迷いました。大丈夫頑張れなどと言いたくなく迷いに迷った末「私事ですが、以下少々リクツでごめんなさい。すぐ疲れる 目が見えない すぐ忘れる 集中力がなくなった すぐ眠くなる 朝4時に目が覚める 視野が狭くなった 胴回りばかり太くなり手足はカブト虫のように細くなった 前頭葉が劣化し若い人にアホな冗談を言う と良いところのないジー様に育ってきました。自信は10円程もありませんが、自信を自分を信じると読み換えて良いところのないジー様として立派にやっていこうと思います」と返信しました。

私は48歳の時身体にガタが来たのか左目の網膜剥離と白内障で手術をしました。1年ほど前占いで48の時手術したでしょと言われ戦慄しましたが、まあ年は取りたくありませんが、年を取ることもそれはそれで悪くないものです。ですから若い人安心して下さい。もう金メダルは取れませんが、それは誰かほかの人がやれば良いことで私はそれを心から喜ぶ存在であればよいのですね。これから目指すべきは若い人たちに年を取るって案外悪くないものだなと思って頂けるような存在になることなのでしょう。まだまだ修行の身です。難しいことですがそんな存在を目指すって何か楽しいことと感じます。こんなことを思えるのも毎日接する会社の皆が良い若者ばかりだからなのかもしれません。おかげ様としか言いようがありません。

竹内まりやの人生の扉知ってますか。素晴らしい曲です。歌詞の英語の部分の一部を抜粋します。

I say it`s fun to be 20    You say it‘s great to be 30    And they say it‘s lovely to be 40

But I feel it`s nice to be 50     

I say it`s fine to be 60    You say it`s alright to be 70    And they say it‘s still good to be 80

But I'll may be live over 90

私は神様を証人に誓う。もう二度と飢えに泣きません。

家族にも飢えさせません。

そのためには、騙し、盗み、人をも殺すでしょう。

私は神様に誓う。もう二度と飢えに泣きません。

映画風と共に去りぬから、ビビアン・リー演じる主役のスカーレットの言葉です。アメリカの南北戦争で裕福だった毎日が一転、食べることすら事欠く困窮を極める境遇となり、しかも皆が混乱する中大勢の家族を背負って立たなければならない自分自身を鼓舞する言葉です。戦火に包まれたニューオリンズからやっとの思いで故郷タラに着いたもののそこも焼け野原になっている様を見て、弱気になるどころか誰かに頼るのではなく自分の足で立ち上がると言い放つ心の叫びです。

映画には不朽の名作と言われるものがあります。朽ちることのない名作。風と友の去りぬは名作の代表ですね。

と言う訳で風と共に去りぬ4時間全て見ました。戦前の映画です。全体的にはストーリーに風化のようなものを感じましたが、ただビビアン・リーのこのセリフは無視出来る分けありませんね。

思えば私もいつの日かデカいことをやると思いながら、そのいつの日が来ないままここまで来てしまいました。実はデカいことが何かもよく分かっていないかもしれません。

ビビアン・リーように全ての困難を背負ってでも立ち上がろう。梅雨空にそう誓う私なのでした。

朝7:15羽田空港集合。国際線ターミナルの改装工事が始まりました。仕事とはいえ空港は気分が上がります。世界と直接つながっている場所だからでしょうね。ここからならどこへでも行けます。それだけでパワースポットになりますね。

工事現場は出発ロビー。税関の向こう側です。このため簡単には現場に入れません。全ての持ち物の検査があり事前申請していない物は持ち込めません。金属探知機も通る物々しさです。私は鉄板の入った靴を履いていたのですが、試しにそのまま探知機に入ってみました。そこはさすがにGDP世界3位の経済大国の表玄関。ちゃんと機械は機能していて警報音が鳴り通過不可。空港が用意しているサンダルに履き替え通過しました。

ところで空港といえばスチュワーデスさんですね。いや今はCAと呼びますね。ちなみにロサンゼルスはLAですがアメリカ通の友人がサンフランシスコをサンフランと呼んでいました。

工事現場の前はメイン通路で旅行客はもちろんCAさんも通ります。CAさん達には共通の特徴があります。そう、皆さん背筋がピンと伸び高い目的意識を持つ感じでこれから搭乗する飛行機へカートを引いて颯爽と闊歩して行きます。職業的美意識がそうさせるのか、制服がそうさせるのか、ただの私の気のせいなのか、いずれにしろCAがカッコ良く歩くの略だと言われても納得出来ます。

窓の外には全日空と日航の飛行機が出発を待って並んでいます。その光景を見て33年前のロサンゼルス空港を思い出しました。

社会人1年目の夏休みのことです。7日も休みがあり、お金は何とかやりくりしてデンバーに1人旅をしました。アメリカに行きたい。行くならロッキー山脈の向こう側、デンバーから東に広がる大草原を見たい。レンタカーを借りて草原の真ん中で大の字になり空を見よう。目的はそれだけでした。

デンバーまでの飛行機は窓側に座れなかったのですが、デンバー空港着陸間際の上空から一瞬見えた彼方まで広がる大草原は息を飲む景観で、何も無いことは何か凄い物があることより凄いという私の仮説を証明するに充分でした。

日本語しか喋れない私がどうやってアメリカで 1週間過ごしたか遠い記憶ですが、レンタカーでドライブして確かに空を見たり、その草原には案外虫が多かったり、デンバーのダウンタウンでサングラスの金髪白人達がカッコ良すぎ何も言われてないのに自虐的人種差別で道の端ばかり歩いていたのに3日程で気付くと道の真ん中を歩いていたり、バスツアーに参加し全員が自己紹介することになり仕方なく「フロムトーキョージャパン」とだけ言ったら盛大な拍手をもらったり、レストランでバドワイザーを飲んだりしていた気がします。 1週間日本人に会わず日本と隔絶していたのは後にも先にもこの時だけです。ここで現場前での話しにつながるのですが、帰りのロサンゼルス空港の滑走路に日航と全日空の飛行機が整然とそして堂々と並んでいるのを見た時、久しぶりに日本と出会い何か嬉しくなり、その時初めて自分が日本人であることを実感し、同時に日本が世界ですでにしっかりとした地位を築いていて、もっと自信を持って自分の価値観を発信して行くべきだなどと思ったものです。

仕事の羽田空港も良いのですが「またアメリカを旅しよう」これが今回の結論です。アメリカに夢を求めて旅したあの頃の様に、もう少し心に自由と勇気を持って生きないといけない。パワースポットからそんな力を頂いた気がします。