皆様

あけましておめでとうございます!!

ポーターズペイント向原でございます。

新年が始まりもう2週間強が経過しましたね

年末年始はいかがお過ごしでしたでしょうか、私は昔からの友人たちとの恒例行事である年越し旅行に行っておりました。

終始騒がしく過ごしていたせいなのか、年末感もお正月感も皆無でした笑

毎年のことなんですけどね。。。まあ存分に楽しませていただきました。

お酒が大好きなメンバーなのでとにかく宿についてからはドンちゃん騒ぎです

Img_0171

ここに氷水を流し込んで常にキンキンの飲み物が直ぐに取れるようにしておきます

これはマストですね。

さんざん騒ぎ倒した翌朝は、美しい凪と空を見ながらボーっとしてました。

Img_0231

お腹が空いたので漁港近くの食堂へ、THE食堂のご飯って美味しいですよね。

Img_0236

美味しそうでしょ?? (IPHONE XSのカメラすごい....)

今年もまた行けるようにがんばるぞ!!

と、意気込んだ数日後に人生初のインフルエンザを発症してしまいました、、それもA型。

体が資本だと改めて実感いたしました。

本年は仕事をきちんとこなせるための体調管理をしっかりと行い、多くのお客様に幸せになっていただけるように努めて参りますので、今年も向原を何卒よろしくお願いいたします!!

皆様

こんにちは。

中山です。

平成最後の○○というワードがメディアでも多発してますが、

ふと、これも日本人ならではなのかもしれないなーと思いました。

花火に対して日本人だけが楽しさと同時に寂しさも感じる唯一の人種とテレビで言っていましたが、

最後のとか、最終とか

何かの終末に思いを馳せることができるのは日本人のいいところなのかもしれませんね。

ある意味これも愛着なのかもしれません。

スクラップ&ビルドも、最早日本の習性とも言える建築方法ですが、

存続より一度終わらせる。

この課題も終わりを欲している日本人の精神が関係しているのかもしれないなと思いました。

無形のものを大切にする精神を持っているのに、

有形のものを大切にできないことが日本人の課題なのかもしれませんね。

釣りをする人は、共感できると思いますが、

長く使ったり、愛着があるタックルほど、捨てられないでずっと手元に

残してしまっているものですよね。

私は未だに小学生のころ買った最初のロッドを未だに持ってます。

Img_0019

都内でも各所再開発が行われて街がどんどん変わっていますが、

後に住民・利用者に愛される建築となるか、はたまた忌み嫌われてしまうような建築となるか。

100年後も残したい、これからもずっと残ってほしいと思ってもらえる建築をする鍵が、

やっぱり愛着にあるんじゃないかな~と思いました。

目の前にあるものに満足して、大切に育てる・直すことが、

日本の課題の改善策になるのではないかなと

改めて思った年末年始でした。

今年は、お雑煮あんまり食べなかったな。

心なしか昔より角もちが食べやすくなった気が・・・

それでは。

2018年は日本の様々な土地に行かせていただきました。

東京神奈川県内はもちろん、

館山、成田、朝霧、福岡、大阪、京都、宇治、奈良、名古屋と。

年末で色々な出来事をしっかり振り返らせていただきます。(お酒と一緒に。)

平成30年も大変お世話になりました。

来年もまたよろしくお願い致します。

それでは良いお年を。

673220ce6e0a4f94b192672ad57ee232

みなさん

こんにちは、中山です。

年末最後の施工も無事完了し、安心して年越しできそうです。

041

Img_2049

今年は、様々な物件に携わることが出来ましたが、

新しいチャレンジもあり、上手くいかないこともしばしば。。。

ただそのおかげもあり、例年以上に施工スタッフと切磋琢磨し合えた年となり、

良い経験となりました。

感謝感謝です。

やっぱり、チャレンジしないと世界は広がらないですね~

実際世界の大きさは、変わっていないんですが。。。

目線がね!!上げていかないと。

視野をね!!広げていかないと。

現状維持は、衰退だとよく言いますがまさにそうだなと思いましたし、

まず面白くないな~と思いました。

成長・進化しているかどうかはさておき、

新しいことに目を向けて、チャレンジしないと色々もったいないなと改めて思いました。

来年は、何にチャレンジしようかな。

お花でも生けようかしら。

それでは。良いお年を。

驚きを辞書で調べると「未知のものとの出会いを知らせるといった特色をもった情緒」とあります。意味が分からず驚きです。

そんな中、未知のものと言える発想に出会いました。歴史学者磯田道史氏は著書「日本史の内幕」で歴史好きが推測してやまない、秀頼は本当に秀吉の子供か?の問いに真っ向から向き合っているのですが、その解明方法が驚きでした。つまり、秀頼が生まれる十ヶ月前に秀吉と淀殿が同じ場所にいることが二人が親子である絶対条件になります。そこを古文書から洗い出すのです。

その時期秀吉は名護屋(九州)にいたそうで、そうなると淀殿がどこにいたかで答えが決します。まさに日本史という文系学問に方程式という理系的発想を突っ込んだ考え方です。その発想に学者の知性と信念が感じられ感動すら覚えました。どんなに探しても秀頼様は実は....などと書いてある古文書などあるわけないですね。真実探求のアプローチが一つではないことを教えられました。

そして、問題の淀殿の消息ですが、その時期やはり九州にいたのでしょうか...。その先は磯田氏の日本史の内幕をお読み下さい。

今年ももう終わろうとしています。驚くほどあっという間の365日でした。来年こそ全員で驚くほど充実した年にしたいと決意を新たにしています。

皆様一年間ご愛読ありがとうございました。

素晴らしい新年をお迎え下さい。